月刊モデルグラフィックス 5月号
今日(3月25日)に発売された、月刊モデルグラフィックス 5月号の特集はMP4/4@1988です。
マクラーレン・ホンダMP4/4は、アラン・プロスト、アイルトン・セナの活躍により年間16戦中15勝をあげたF1マシンだという事は、言わずとも分かっているだろうと思います。
でも、今から22年前の車ですよね。
本誌で取り上げたということは、ここ一年ほどの間に現在のF1カーよりも過去のF1モデルをリリースする事が多くなっているからだと思います。このマシン自体、人気もあるし・・・。
さて本誌は製作講座として、外観のカウルの塗装からデカール貼り、研ぎ出しはもちろんの事、エンジンのディーティルアップまで事細かに紹介されています。見ていると、自分にも出来そうな気がしてきます。
そうして、完成作例写真を見ますと実車を見ているように圧巻です。
その他、クローズアップ&ヒストリーとして後期型の実車の写真が豊富に掲載されていますし、もちろん後期型タイプの日本GP仕様の作例もあります。私が見た感じでは、サイドポンツーンサイドのシェルの文字がある所のカバーがちょっと大きいような気がします。(ふさぎ過ぎ)
最近というか近年雑誌に掲載されている日本GP仕様は、かならずと言っていいほどセナ車なんですね。
このマシンで、セナが初のワールドチャンピオンに輝いたということもあるでしょうし、その6年後に他界され伝説となった事もあるだろうけど、作るプロモデラーが揃いも揃ってセナ車というのは変な話ですよね。
セナ8勝、プロスト7勝とほぼ五分五分の勝利数です。
プロスト車も作ってもいいような気がしますが・・・。
この’88年 日本GP(鈴鹿)は、私が初めてナマで見たF1レースでした。
目を閉じると今も思い浮かんできます。
観戦場所は、2コーナーからS字区間に入る辺でした。そこからは、ホームストレートエンドから1~2コーナー、S字まで見渡せる絶好の観戦場所でした。目の前を車が通らない時は、コース脇にオーロラビジョンが置いてあり、それを見ていればレースの流れや他のコースで何が起こっているか見ることができました。
当時、私はセナが嫌いでプロスト派でした。その時にいっしょに行った友達もプロスト派でした。サーキット内では、セナ派プロスト派で半々だったような気がします。
レースは、スタート直後セナがエンジンストールさせ出遅れ、また中島も同じくストールで出遅れました。
そうしたセナが鬼神の走りで追い上げ、ストレートエンドでプロストをパスしそのままチェッカーを受け優勝、チャンピオンに輝きました。
ウイニングラップでは、こぶしを突き上げ泣きながら走っているセナを見て、セナを見る目が変わりましたね。素直におめでとう!と思いました。
話は変わりますが、セナと同等に凄かった走りをしたのが中島選手でした。
今や伝説となっているストレートエンドから1コーナーでの大外狩り。普通、ストレートエンドで抜く時はインに入ってパスして行くのがセオリーなんですが、中島選手は外側から抜いて行くんですよね。凄いときには、2台まとめて抜いていきました。そうしてレース終盤、プロストにも抜かれ周回遅れにされてしまいますが、次の周回のストレートエンドでプロストをもぶち抜いて行きました。残念ながらそのシーンはテレビでは放映されませんでしたが、プロスト車はその時トラブルを抱えていたとはいえ、中島選手の凄さを感じました。
今となっては、懐かしい思い出です。
月刊モデルグラフィックス’89年4月号に掲載された’88年日本GP仕様のプロスト車
私としては、日本GP仕様の作例の中ではいちばん好きな作例です。
マクラーレン・ホンダMP4/4は、アラン・プロスト、アイルトン・セナの活躍により年間16戦中15勝をあげたF1マシンだという事は、言わずとも分かっているだろうと思います。
でも、今から22年前の車ですよね。
本誌で取り上げたということは、ここ一年ほどの間に現在のF1カーよりも過去のF1モデルをリリースする事が多くなっているからだと思います。このマシン自体、人気もあるし・・・。
さて本誌は製作講座として、外観のカウルの塗装からデカール貼り、研ぎ出しはもちろんの事、エンジンのディーティルアップまで事細かに紹介されています。見ていると、自分にも出来そうな気がしてきます。
そうして、完成作例写真を見ますと実車を見ているように圧巻です。
その他、クローズアップ&ヒストリーとして後期型の実車の写真が豊富に掲載されていますし、もちろん後期型タイプの日本GP仕様の作例もあります。私が見た感じでは、サイドポンツーンサイドのシェルの文字がある所のカバーがちょっと大きいような気がします。(ふさぎ過ぎ)
最近というか近年雑誌に掲載されている日本GP仕様は、かならずと言っていいほどセナ車なんですね。
このマシンで、セナが初のワールドチャンピオンに輝いたということもあるでしょうし、その6年後に他界され伝説となった事もあるだろうけど、作るプロモデラーが揃いも揃ってセナ車というのは変な話ですよね。
セナ8勝、プロスト7勝とほぼ五分五分の勝利数です。
プロスト車も作ってもいいような気がしますが・・・。
この’88年 日本GP(鈴鹿)は、私が初めてナマで見たF1レースでした。
目を閉じると今も思い浮かんできます。
観戦場所は、2コーナーからS字区間に入る辺でした。そこからは、ホームストレートエンドから1~2コーナー、S字まで見渡せる絶好の観戦場所でした。目の前を車が通らない時は、コース脇にオーロラビジョンが置いてあり、それを見ていればレースの流れや他のコースで何が起こっているか見ることができました。
当時、私はセナが嫌いでプロスト派でした。その時にいっしょに行った友達もプロスト派でした。サーキット内では、セナ派プロスト派で半々だったような気がします。
レースは、スタート直後セナがエンジンストールさせ出遅れ、また中島も同じくストールで出遅れました。
そうしたセナが鬼神の走りで追い上げ、ストレートエンドでプロストをパスしそのままチェッカーを受け優勝、チャンピオンに輝きました。
ウイニングラップでは、こぶしを突き上げ泣きながら走っているセナを見て、セナを見る目が変わりましたね。素直におめでとう!と思いました。
話は変わりますが、セナと同等に凄かった走りをしたのが中島選手でした。
今や伝説となっているストレートエンドから1コーナーでの大外狩り。普通、ストレートエンドで抜く時はインに入ってパスして行くのがセオリーなんですが、中島選手は外側から抜いて行くんですよね。凄いときには、2台まとめて抜いていきました。そうしてレース終盤、プロストにも抜かれ周回遅れにされてしまいますが、次の周回のストレートエンドでプロストをもぶち抜いて行きました。残念ながらそのシーンはテレビでは放映されませんでしたが、プロスト車はその時トラブルを抱えていたとはいえ、中島選手の凄さを感じました。
今となっては、懐かしい思い出です。
月刊モデルグラフィックス’89年4月号に掲載された’88年日本GP仕様のプロスト車
私としては、日本GP仕様の作例の中ではいちばん好きな作例です。
この記事へのコメント
グランドスタンド前の席が一番高価だったと思いますが、一番盛り上がっていたのはあの辺りの2コーナーからS字の辺りでしたね。
私もモデグラ買いましたが、実写のかなり詳細な写真が載っていて、これを見てから作例作りたかったと思いました(笑)
で、只今90年と91年の日本GPのあるマシン2台の作例製作に取り掛かっていますよ。
そうだったんですか。じゃ、隣同士で盛り上がっていたかもしれないですね。ヒロシさんは、当時はセナ派だったんでしょうか?
日本GPのマシン作例製作ですか?極秘のうちに進めていますね。ブログでも3点ほど製作されているのに、凄いですねぇ~。
私の予想は、希望では90年が 641/2。91年が MP4/6。
編集部的で日本GPでの作例というと、90年 FW13B。91年が中島選手のティレル020ですか?
それとも、もっとマイナーなヤツだったりして?いずれにせよ、掲載されるのを楽しみにしています。
マクラーレンが常勝となると・・・ちょっと興味が薄れて、ジャン・アレジのフェラーリファンになりました。なんか、タイガースといい、2輪のスズキといい、勝てないチームが好きなのかなぁ。
マクラーレンのジェームス・ハントというと、富士スピードウェイで行われた日本GPでの優勝者・・ですよね?!
やっぱプロストでしたか。セナは、若いのに生意気だ!なんて思っていませんでしたか?私は、そう思っていましたが、それから走りの違いでプロストの沈着冷静なレース運びより、アグレッシブルな走りのセナ方が好きになりました。同じく、マンセルとピケにも当てはまりますね。
私もけいつさんと同じところがあります。むかしの浦和レッズも負けてばかりで、サポーターからにも罵声やら物を投げつけられる始末で可愛そうになり、それ以来ファンになってしまいました。逆に強すぎると、憎たらしくなりますよね。相撲の貴乃花も貴花田の頃から好きだったのですが、横綱になってからは対戦相手の方を応援していました。
そういえば、私がマルボロ吸ってるのは、マクラーレンのスポンサーだったからですよ。モータースポーツに貢献してくれてるから御礼代わりにひいきにしてました。
弱いものを応援したくなるのは、優しいからなんですよね。弱気を助け、強気をくじく。
マルボロを吸っている人は、よくそう言いますね。今では、マルボロカラーの車って・・見なくなりました。結構目立つから、後ろから近づいてくるとすぐ分かるらしいです。