日本100名城 No.11 二本松城
二本松城は、標高345mの白旗ヶ峰に畠山氏が1441~44年に築いたといわれています。
その後、伊達政宗に攻められ畠山氏は滅亡し、蒲生氏が入ると石垣を用いた城郭に改修され、1627年に加藤氏により近世城郭に大改修され、1643年丹羽光重が入封すると、三の丸御殿、箕輪門をつくり城下町を整備しました。
戊辰戦争では、奥羽越列藩同盟に加わり新政府軍と戦いますが、主力のほとんどが白河小峰城へ派兵されたため、少数兵力での戦いを強いられ、わずか半日で落城しました。
この時、守備についていた二本松少年隊が戦死した悲劇は有名です。
二本松少年隊
13~17歳までの少年62名が出陣し、14名が命を落としました。
大義のために戦う隊長及び少年隊士と、我が子の出陣服に藩主丹羽氏の家紋・すじかい紋の肩印を縫い付ける母の像を表しています。
箕輪門
箕輪門をくぐり抜けて振り返ると、両サイドにアカマツ
これ以降、とくに城郭を示す建物はありません。
本坂御殿跡
今では、ひっそりと本坂御殿跡を示す碑があるだけです。
霞池
七ツ滝
洗心亭
笠松
洗心滝
智恵子抄碑
新城館跡と少年隊顕彰碑
搦手門跡
反対側に回るとこんな風になっていました。
門の石垣が一部しか残っていないので、どの向きでどんな風に建っていたのか分かりません。
本丸石垣
近年復元されたもので、きれいに整えられています。
この石段を上がると本丸内へ
枡形虎口
本丸内より景色を見る(右から左へ)
雨雲が徐々に近づいている様子が分かります。雨が降らないうちに見学を終わらせねば!なんて思ってしまいました。この時、7月末でしたが涼しい風が吹き渡っていました。
天守台
天守台の脇に、丹羽和佐衛門・阿部井又之丞 自尽の碑
西櫓台
本丸内
東櫓台
天守台から見て、右に西櫓台、左に東櫓台が見てとれます。
本丸石垣
日陰の井戸
二本松城跡には、これ以外にも見所がありますが、このくらいで・・・・・。
最後に、スタンプ設置場所である二本松市歴史資料館へ行きスタンプを押しました。
開館時間 : 9:00~17:00(入場は16:30まで)
休館日 : 月曜日
観覧料 : 一般 100円 高校生 50円 小中学生 30円
* 館内見学をしなくてもスタンプは、受付前のロビーに置いてありますので自由に押せます。
その後、伊達政宗に攻められ畠山氏は滅亡し、蒲生氏が入ると石垣を用いた城郭に改修され、1627年に加藤氏により近世城郭に大改修され、1643年丹羽光重が入封すると、三の丸御殿、箕輪門をつくり城下町を整備しました。
戊辰戦争では、奥羽越列藩同盟に加わり新政府軍と戦いますが、主力のほとんどが白河小峰城へ派兵されたため、少数兵力での戦いを強いられ、わずか半日で落城しました。
この時、守備についていた二本松少年隊が戦死した悲劇は有名です。
二本松少年隊
13~17歳までの少年62名が出陣し、14名が命を落としました。
大義のために戦う隊長及び少年隊士と、我が子の出陣服に藩主丹羽氏の家紋・すじかい紋の肩印を縫い付ける母の像を表しています。
箕輪門
箕輪門をくぐり抜けて振り返ると、両サイドにアカマツ
これ以降、とくに城郭を示す建物はありません。
本坂御殿跡
今では、ひっそりと本坂御殿跡を示す碑があるだけです。
霞池
七ツ滝
洗心亭
笠松
洗心滝
智恵子抄碑
新城館跡と少年隊顕彰碑
搦手門跡
反対側に回るとこんな風になっていました。
門の石垣が一部しか残っていないので、どの向きでどんな風に建っていたのか分かりません。
本丸石垣
近年復元されたもので、きれいに整えられています。
この石段を上がると本丸内へ
枡形虎口
本丸内より景色を見る(右から左へ)
雨雲が徐々に近づいている様子が分かります。雨が降らないうちに見学を終わらせねば!なんて思ってしまいました。この時、7月末でしたが涼しい風が吹き渡っていました。
天守台
天守台の脇に、丹羽和佐衛門・阿部井又之丞 自尽の碑
西櫓台
本丸内
東櫓台
天守台から見て、右に西櫓台、左に東櫓台が見てとれます。
本丸石垣
日陰の井戸
二本松城跡には、これ以外にも見所がありますが、このくらいで・・・・・。
最後に、スタンプ設置場所である二本松市歴史資料館へ行きスタンプを押しました。
開館時間 : 9:00~17:00(入場は16:30まで)
休館日 : 月曜日
観覧料 : 一般 100円 高校生 50円 小中学生 30円
* 館内見学をしなくてもスタンプは、受付前のロビーに置いてありますので自由に押せます。

































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