30年ぶりの再会
みなさんの中でも、少年、少女あるいは幼少の頃は何かと面倒を見てもらっていたとか、何かしろお付き合いがあったが自分が成長するにつれてお付き合いが無くなったって人はいませんか?
私は今の年になってもプラモデルが好きなんですが、そのきっかけとなったお兄さん(今では完璧におじさんですが・・(涙))と約30年ぶりに会いました。
小学生の頃からプラモデルは好きでしたが、キットはそこらで売られていましたが今の時代のように塗料とか道具などはあまり売っているお店はありませんでした。(ど田舎だから)
その当時は、純粋にキットを組み立てて遊ぶだけで、あとは壊す。爆竹でふっとばすぐらいなものでした。
要するにプラモデルは作るのが遊びで、完成するとポイという具合でした。あの頃よく作ったのは、ゼロ戦などのプロペラ機。大和などの軍艦で水中モーターというものがあって、それを艦底に吸盤でくっつけて銭湯で浮かべて走らせて遊んでいました。
それから中学生になった頃、友達に旅館業を営んでいるお兄さんが飛行機や軍艦の模型が好きですべてプラカラーで着色して作っている人がいるという話を聞いて、その旅館へたずねて行きました。
そこのお兄さんが模型好きということもあってか、おみやげを売っている売店の一角がプラモコーナーになっていました。
その頃、近くのおもちゃ屋には売っていない本格的な模型などたくさん置いてあり、それだけでうれしくなりいろいろと見ていました。すると、そのお兄さんが「プラモデル(模型)は好きかい?」と声を掛けてくれました。
もちろん「うん!」と答え、あれやこれやと作ったとか、持っていると話しました。そうして、お兄さんが作った模型を見たいと言うと、自分の部屋へ案内されおびただしい数の模型を見せてくれました。
まさに模型に囲まれて生活しているといった感じでした。
窓越しに飛行機プラモがショーケースにびっしり。左側にはウォーターラインシリーズの艦艇模型がずらりと、なにか模型博物館にでも行ったような感じで驚きました。それもすべてキレイに塗装してあって当時としては驚き以外何もありませんでした。
さすがに商売をしているうちは、商品を入れるケースが簡単に手に入るからいいなぁ~とも思いました。
そんな事をきっかけに、毎週末通い続けるとそのお兄さんと仲良くなり、飛行機や軍艦の話や戦争の事からプラモ作りに関して相談やら、人生について(ちょっと大袈裟)の話もするようになりました。
そして時には、遠く離れた都市まで(当時はそういう感じでした。今では車ですぐなんだけど)、車で連れて行ってもらってプラモデルを買ってもらったり、食事をご馳走になったりと、見ず知らずの私を可愛がってもらいました。
それからウォーターラインシリーズのプラモデルを、一部の部品(水上機、菊の紋章など4メーカー合同だったので同じ物でもメーカーの技術の差が歴然)を取った不要なキットをたくさん貰いましたし、欲しいキットや道具や塗料があるとそのお兄さんに頼むと東京へ行った時とかに買って来てもらいました。もちろん代金は渡しますが。
今思うと、その頃がいちばん本格的にプラモデルを作った頃ですね。
プラモデル製作ノートなるものをつけて、メーカー、縮尺、品名、完成年月日、備考欄になになに航空隊所属○○中尉搭乗機とか書いていました。
私の過去のブログに、レベル1/32 隼 もその頃の作った物です。
最近では、プロモデラーのヒロシさんが製作していらっしゃいます。製作記事を読んでいると、あの頃の自分の姿が思い浮かびます。
話は反れましたが、中学を卒業しプラモから音楽、ギターに夢中になりだしてからはそのお兄さんの所へ遊びに行くこともなくなり、いつしかまったく会う機会もなくなりました。(趣味が変わるとこんなもんですね。)
そうして30年。
同じ街に住んではいるので、たま~に見かける事はあっても声を掛ける事もありませんでしたし、中学時代の私の姿は覚えていても、今の姿だと分からないんじゃないかと思っていました。
そして今日9月18日。娘の運動会に行ってばったり再会しました。
多分分からないんじぁないかなぁ~と思いましたが、眼と眼が合ったその時に「こんにちは!ご無沙汰してます。」と挨拶すると「お~ぉ、久しぶり!」と返事が返ってきました。
それからあらためて当時お世話になったお礼をし、近況などを話しました。
「今でも模型作っている?」と聞かれ、私はキットはやたらと買うけど作るのは年に0~2ぐらいだとか言いました。
そのおじさん(当時は、お兄さん)は、今でも飛行機と艦艇プラモだけで、人生70歳を模型作りの終わりと設定し、その年までに作れる量のプラモしか買わないし、計画を立てて作っていると言っていました。
今では実家の旅館業は廃業し、別の商売をしていて、その一角を模型展示スペースと模型好きが集まって話しをしたりする場所にしたいとか話されました。
私に「また遊び来なよ!いっしょに模型作ろう!」と言われました。 ・・・うれしいことです。
私とは一回り以上年は離れていて、その人も私も完璧におっさんになってしまいましたが、年は重ねても模型の話をしている時は、お互い子供のままなんですよね。
・・・またプラモ製作の意欲が湧いてきました。涼しくなってきたし・・・。
よぉ~し、まずは製作途中の安土城を仕上げるぞぉ~!エイ エイ オー (なんのこっちゃ?!)
私は今の年になってもプラモデルが好きなんですが、そのきっかけとなったお兄さん(今では完璧におじさんですが・・(涙))と約30年ぶりに会いました。
小学生の頃からプラモデルは好きでしたが、キットはそこらで売られていましたが今の時代のように塗料とか道具などはあまり売っているお店はありませんでした。(ど田舎だから)
その当時は、純粋にキットを組み立てて遊ぶだけで、あとは壊す。爆竹でふっとばすぐらいなものでした。
要するにプラモデルは作るのが遊びで、完成するとポイという具合でした。あの頃よく作ったのは、ゼロ戦などのプロペラ機。大和などの軍艦で水中モーターというものがあって、それを艦底に吸盤でくっつけて銭湯で浮かべて走らせて遊んでいました。
それから中学生になった頃、友達に旅館業を営んでいるお兄さんが飛行機や軍艦の模型が好きですべてプラカラーで着色して作っている人がいるという話を聞いて、その旅館へたずねて行きました。
そこのお兄さんが模型好きということもあってか、おみやげを売っている売店の一角がプラモコーナーになっていました。
その頃、近くのおもちゃ屋には売っていない本格的な模型などたくさん置いてあり、それだけでうれしくなりいろいろと見ていました。すると、そのお兄さんが「プラモデル(模型)は好きかい?」と声を掛けてくれました。
もちろん「うん!」と答え、あれやこれやと作ったとか、持っていると話しました。そうして、お兄さんが作った模型を見たいと言うと、自分の部屋へ案内されおびただしい数の模型を見せてくれました。
まさに模型に囲まれて生活しているといった感じでした。
窓越しに飛行機プラモがショーケースにびっしり。左側にはウォーターラインシリーズの艦艇模型がずらりと、なにか模型博物館にでも行ったような感じで驚きました。それもすべてキレイに塗装してあって当時としては驚き以外何もありませんでした。
さすがに商売をしているうちは、商品を入れるケースが簡単に手に入るからいいなぁ~とも思いました。
そんな事をきっかけに、毎週末通い続けるとそのお兄さんと仲良くなり、飛行機や軍艦の話や戦争の事からプラモ作りに関して相談やら、人生について(ちょっと大袈裟)の話もするようになりました。
そして時には、遠く離れた都市まで(当時はそういう感じでした。今では車ですぐなんだけど)、車で連れて行ってもらってプラモデルを買ってもらったり、食事をご馳走になったりと、見ず知らずの私を可愛がってもらいました。
それからウォーターラインシリーズのプラモデルを、一部の部品(水上機、菊の紋章など4メーカー合同だったので同じ物でもメーカーの技術の差が歴然)を取った不要なキットをたくさん貰いましたし、欲しいキットや道具や塗料があるとそのお兄さんに頼むと東京へ行った時とかに買って来てもらいました。もちろん代金は渡しますが。
今思うと、その頃がいちばん本格的にプラモデルを作った頃ですね。
プラモデル製作ノートなるものをつけて、メーカー、縮尺、品名、完成年月日、備考欄になになに航空隊所属○○中尉搭乗機とか書いていました。
私の過去のブログに、レベル1/32 隼 もその頃の作った物です。
最近では、プロモデラーのヒロシさんが製作していらっしゃいます。製作記事を読んでいると、あの頃の自分の姿が思い浮かびます。
話は反れましたが、中学を卒業しプラモから音楽、ギターに夢中になりだしてからはそのお兄さんの所へ遊びに行くこともなくなり、いつしかまったく会う機会もなくなりました。(趣味が変わるとこんなもんですね。)
そうして30年。
同じ街に住んではいるので、たま~に見かける事はあっても声を掛ける事もありませんでしたし、中学時代の私の姿は覚えていても、今の姿だと分からないんじゃないかと思っていました。
そして今日9月18日。娘の運動会に行ってばったり再会しました。
多分分からないんじぁないかなぁ~と思いましたが、眼と眼が合ったその時に「こんにちは!ご無沙汰してます。」と挨拶すると「お~ぉ、久しぶり!」と返事が返ってきました。
それからあらためて当時お世話になったお礼をし、近況などを話しました。
「今でも模型作っている?」と聞かれ、私はキットはやたらと買うけど作るのは年に0~2ぐらいだとか言いました。
そのおじさん(当時は、お兄さん)は、今でも飛行機と艦艇プラモだけで、人生70歳を模型作りの終わりと設定し、その年までに作れる量のプラモしか買わないし、計画を立てて作っていると言っていました。
今では実家の旅館業は廃業し、別の商売をしていて、その一角を模型展示スペースと模型好きが集まって話しをしたりする場所にしたいとか話されました。
私に「また遊び来なよ!いっしょに模型作ろう!」と言われました。 ・・・うれしいことです。
私とは一回り以上年は離れていて、その人も私も完璧におっさんになってしまいましたが、年は重ねても模型の話をしている時は、お互い子供のままなんですよね。
・・・またプラモ製作の意欲が湧いてきました。涼しくなってきたし・・・。
よぉ~し、まずは製作途中の安土城を仕上げるぞぉ~!エイ エイ オー (なんのこっちゃ?!)
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